お侍様 小劇場

   “いない いない” (お侍 番外編 100)
 


   ◇ おまけという名の大団円 ◇



せっかくのクリスマスですもの、
神様も気の利いたことをなさってくれたようで。
久蔵がそれとなく発信した、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるメールのうち、
何の反応もなかった宛て先の中に、それだと不自然な相手がいて。
一体どうして、そんな不条理が起きているのかと首を傾げていたのだが。

 『……島田。』

七郎次が、監視されていることを窮屈に思ったのやも知れぬと、
それへ気づいたような言いようを持ち出した彼ならば…ということか。

 『如月が、訊きたいことがあると。』

そうと言いつつ、自身の携帯の液晶画面を彼へと向ける。
そこへと紡がれていた何でもない文面へ、
一瞬、驚いたように目を見張った勘兵衛だったが、

 『………さようか。』

感じ入ったような声を出しての、
しばし考え込んでから、



 「七郎次への隠しごとや、
  若しくは 他愛ないことと勝手に断じて、
  あやつへ告げてはないことが無いか?と訊いて来たそうだが。」

時折 風に追われて翔る群雲が陽を覆うせいでだろう。
辺りが さぁっと陰るたび、
薄い紗を天幕代わりに引いたように、
座敷の真新しい畳へ落ちる皆の陰がその輪郭を緩めてしまう。
師走が押し詰まり、クリスマスを迎える頃合いに、
どんと気温が下がるのはここ数年には恒例のことで。
とはいえ、今この離れにて向かい合う面々の様相には、
そんな薄ら寒さなぞ割り込めぬような、ある種 張り詰めたものがあり。

 「へえ。昨日、お電話しましたおりに、
  途中から なんや様子がおかしなったニイさんでしたよって。」

何がどうと詳細まで語らぬは、あの良親の腹心として身につけた腹芸か。
とはいえ、体よくはぐらかすというような驕慢な態度ではなく、
むしろ挑みかかるような真摯さに、その気色が随分と尖っている彼なのは明白。
そして、
七郎次と同様に年齢不詳の そんな少年を前に、

 「ふむ…。」

強かに絞ったその強靭そうな体躯を、今は和室の作法に合わせ、
スーツ姿のまま、畳の上へ四角く座している勘兵衛であり。
何でまた、七郎次様に続いて今度は宗主様までが、
こんな別邸へお越しなのかと。
野次馬やらお喋り雀らが、さすがに好奇心を隠せずだろう、
気配を伺っていたのもありありしていたそんな中。

 「隠しごとにあたるかどうか。」

単なる悪戯ならそれなりの仕置きがあるぞとでも言いたいか、
微妙に冴えさせた視線をちろと向けつつ、
それでも…率直に並べ立てたのが、

 「とあるワイン関連のサイトへ、職務には関係のない形で会員登録をしている。
  七郎次の生まれ年が“ビンテージ・イヤー”になっている、
  市場でも希少なワインがあってな。」

入荷し次第、連絡のメールが入ることになっていて、
それに関しては確かに七郎次へも明かしてはない。

 「それと…。」

これは何が切っ掛けだったかも覚えていないが、
若者向けの靴屋のサイトからメールマガジンが届くのを、
ついつい、そう情報収集にと眸を通している。
どちらも私用の携帯へのものだから、
そうさな、言わなければ気づけないことかも知れぬな。

 「あとは、」

このところ、茶受けにニッキ風味の松風という小さな煎餅を食べていること。
それから、と。
まだ何かしらを言い足そうとなさるのを、

 「………。」

如月から“こっちにいなさい”と匿われた次の間で、
落ち着かぬまま耳だけをそばだてている七郎次であったりし。

 “…勘兵衛様。”

襖越しの主の声が、何だかとっても久しく聞くそれのような気がして。
わだかまりを意識してからこっち、
何でもない振りを装いながらも、
どこかで…心だけ先に、
彼から遠くへと逃げ出したがっていた自分だったのかも知れぬ。
それとも、その声や表情の裏に、
伺い知れない何かがあると、勝手に想定していたものか。
子供が駄々をこねたようなもの。
ちょっぴり気持ちの収まりが悪かったの、
誰かのせいにしたかっただけのこと。
畏れ多くも勘兵衛を相手に、そんな我儘勝手をしでかしたと、
他でもない本人がやって来たという格好で思い知ることとなろうとは。

 『おや、なかなかお早いお越しやないの。』
 『…え?』

特に会話らしい会話も無いまま、
強い風が離れのあちこち軋ませる音や、庭のサザンカを揺さぶる気配やら、
何ということもなく聞いて浸っていたところへと、
突然お越しになった御主であり。
如月がこっそり知らせたか、いやいや、それなら意外そうな顔にはなるまい。
彼もまた、七郎次が構えた“賭け”に乗ってくれたようだったし、
何より、すぐさま引き逢わせようとせずの隠れておいでとしたあたりも、
勘兵衛側に立つつもりは伺えぬ。
とはいえ、

 “どうしてあのようなことを。”

確かに、隠しごとを持っていた勘兵衛だったことが引き金じゃああるが、
大阪という遠い土地での勝手の話。
よって、ただ単に語る必要も無しと思っていたまでだろと、
理屈としてはちゃんと判っている。
だというのに、蒸し返すようなことをどうして“訊いた”如月だったのか。

 「………。」

勘兵衛が、心当たりとして挙げたもののうち、
実を言うと
松風という菓子に関しては七郎次も知っている。
花札より一回り小さい薄焼きの煎餅で、
小さな小さな芥子の実が表面へまぶしてあるのが、
ゴマとも南京豆とも異なる香ばしさで美味しくて。

 “土産にと持って帰ったことがあるの、
  もしかして覚えておいでじゃないのかなぁ?”

子供を相手に、真剣真面目になぞなぞへ付き合っているかのような。
包み隠さずにと、思い当たる所をすべて列挙する気が満々らしい御主様は、

 「あとは、そう。箕面にこじんまりとした寮を持っている。」

  ………あ。//////

先日、お前の主に貸せとねだられた寮でな。
5年ほど前に大阪での務めがあって借りたのだが、
存外勝手がよくて閑静なところだったので、
そのまま買い取ってしもうたのだが、

 「このような他愛ないことくらいしか、儂には隠しごとなぞないさね。」

くすりと微笑った声には、確かに嘘はないと判る。
だが、

 「情けない話、あれが困り果てたときに頼ってもらえず、
  そんな折には何へ何処へ居場所を探すか、それさえ判らぬ“明き盲”だ。」

もしかして、今言った箕面の別邸へ来合わせたのか?
貸すと約束したのに話が違うと、
そんな苦情を言わせようと、お主を寄越した良親なのか?と。
随分と頓珍漢なことを言い出す勘兵衛だったのへ、

 「……いくら様々にコネがありましょうとも、
  たった数時間で…箕面に姿見せたわたしだというのを見届けた如月さんが、
  此処へ来られる筈がありませんよ。」

すらりと襖を開いてのお顔を出せば、

 「し…。」
 「しちっ!」

勘兵衛よりも遠くに控えていたはずの久蔵が、
素早く立ち上がったそのまま、
あっと言う間におっ母様の首っ玉へとしがみついており。

 「〜〜〜すまぬ。」
 「なにがです?」
 「シチがしょげてたのに…。」
 「そんなこと、気づけなくていいんですよ。」

柔らかな温みが何とも健気で愛しくて。
うっとりと互いを抱きすくめているそんな彼らを、
二人ともども懐ろへと掻い込んだ、広い広い胸元の持ち主さんが、

 「すまなんだな、ついつい窮屈な想いをさせておった。」
 「? ……えっと?」

何へか反省なさっておいでらしい御主なようなのへ、
さすがにそこまでは酌み取れない伴侶殿だったが。
間近になった男臭いお顔や、
総身をくるみ込んでくれる精悍な匂いにあっては、
もう何にも要りませんと、
不安も不満もあっさり氷解したらしい。
頼もしい懐ろへうっとりと身を寄せた、
人騒がせなお母様の里帰り(?)だったらしいです。


Merry X'mas!!






   〜Fine〜  10.12.20.〜12.25.


  *何も知らされぬまま学校へと送り出された久蔵殿には、
   一番いい迷惑だった痴話喧嘩で、
   レンジで暖めれば美味しい出来となる、
   ワンプレートランチの用意を
   一応してあったらしい出奔だったそうですが、
   それどころじゃなかった坊ちゃまだったのでしょうね。

   何だか妙なお話になっちゃってすいません。
   完全にただの思いつき、
   きっちりと24時間監視という護衛って、
   引っ繰り返せば“監視”じゃんと気がついたもので。(今頃…)
   以降は警護も微妙にゆるんでの、
   防犯カメラで警戒する止まりになったそうで。
   とんだサプライズ・クリスマスとなったようでございます。
(苦笑)

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